やんちゃな子どもたちが駆け回った桜の縁側
近所のオバサンが毎日顔を覗かせた勝手口の引き戸、
家族のハレの日を静かに見下ろしていた和室の欄間。
48年間、家族の暮らしを育んできたSさんの家の隅々には
さまざまな思い出が刻まれていました。
家族のかけがいのない記憶をそのまま残しながら、より快適な暮らしを実現したい。
そんな願いを形にすべく、SさんはSUDOホームをパートナーに選び
住まいの再生に挑戦しました。

モルタル素地の掻き落としと、道産杉板張りで仕上げた新居の外観。
思い出の品も多かったため、家の外観と合わせた木造の物置を設けた。
煉瓦の塀は、旧居が建って10年目にお父様が職人につくらせたもの。

室蘭の青い海を望む高台の住宅街に、Sさん家族が住み続けた家が建っていました。その家は、S夫人のお父様が家族のために陣頭指揮をとって、昭和32年、ウエス工場跡地に建てたもの。ゆったりとした天井高に格子天井、真壁、塗り壁など、当時としては大変に手の込んだ日本家屋でした。「旧居は、父が素人ながら一生懸命に調べて地元の工務店にあれこれ注文を出し、建ててくれた家でした。それだけに家族の愛着もひとしおでしたが、今のライフスタイルには合わない間取りで、不便なところも多かったんです」と奥さん。
というのも当時は、陽当たりの良い南側にハレの場となる応接間や仏間を配し、日常の生活の場である茶の間や台所、水まわりなどは北側に置くのが、一般的。Sさんの家も例外ではありませんでした。長く住む間に、普段は使わない仏間、応接間は物置代わりになり、贅を凝らした建具や欄間に気を留める人もいなくなりました。一方、雑多な生活用に埋もれた陽当たりの悪い北側の和室と茶の間で、奥さんと 歳になるお母様は肩を寄せ合うような暮らしを余儀なくされていました。
来春、単身赴任中だったSさんが、室蘭へ戻ることが決まり、奥さんは新生活に向けて「水まわりの手直しをするつもり」で、リフォームを決意。ところが、思った以上に建物の傷みがひどく、家の半分は建て直しが必要だとわかりました。「そうなると、急な階段や収納の少なさ、寒さなど使い勝手の悪さが次々と気になりだして。私たちが老後を迎えた際にも暮らしやすいようにと、建て替えを決意しました」。
こうして、48歳の家は再生への道を歩み出したのです。

屋根断熱を施し、傾斜をそのまま空間づくりに生かした開放的なリビング。
隣接するお母様の部屋は襖で間仕切ることもできる。
「家が変わっても、家族の思い出は大切に残したい」というSさん家族の願いを反映し、使える既存の建具や部材、家具を新居に再利用する建築プランを作成。かつて北側にあった生活の場も、陽当たりの良い南側にゆったりと取りました。そしてリビングの横にはお母様の部屋を。「母は、旧居でも家族のいる場所でいつも過ごしていましたから、新築で環境を変えたくなかったんです」。リビングとの間仕切りには、旧居の襖を使うことにしました。
そして今年7月、4ヵ月の工期を経て、装いを一新したSさんの家が完成。旧居の建具や欄間、家具などを随所に生かした新居には、レトロな雰囲気が漂っています。適材適所に納まった古い建具や欄間は、開放的な空間の中でその存在感をさりげなく主張。「古い建具や家具が新しい空間に馴染むのか不安でしたが、出来てみると新しい空間に見事に溶け込んでいて、驚きました。家族の思い出にまで新しい息吹が注がれたようで、本当に嬉しいですね」。
一方でこれからの快適な暮らしを考え、バリアフリーへの配慮も十分にされています。トイレや水まわり、キッチンには使い勝手の良い最新設備を採用。一年中、快適な室内環境が保てるよう、断熱や暖房、換気システムにも独自のノウハウが生かされています。
現代生活にフィットする住環境を整え、再び生命を得た思い出の住まいは、数々の新しい家族の歴史を刻みながら、さらなる輝きを放つことでしょう

左:2階ホールから階下を見下ろす。珪藻土を混ぜた塗り壁と木の質感、欄間の風情が溶け合い、懐かしくて新しい空間をつくりだしている。
右:玄関から和室へ続く廊下。階段下の収納扉やフックなど、小さな部材も余さず生かしている。下に置いてあるのは、船乗りだったS夫人の祖父手づくりの揺り篭
